61番歌~70番歌

いにしへの
奈良の都の
八重桜やえざくら

けふ九重ここのえ
にほひぬるかな

伊勢大輔いせのたいふ

昔、奈良の都で咲き誇っていた八重桜が、今日はこの宮中で、いっそう美しく咲き誇っているではありませんか。

夜をこめて
鳥のそらねは
はかるとも

よに逢坂おおさか
せきはゆるさじ

清少納言せいしょうなごん

夜の明けないうちに、鶏の鳴き声を真似て夜明けたとだまそうとしても、(あの中国の函谷関ならいざ知らず、あなたとわたしの間にある) この逢坂(おおさか)の関は、決して開くことはありません。

いまはただ
思ひえなむ
とばかりを

人づてならで
言ふよしもがな

左京大夫道雅さきょうのだいぶみちまさ

今はもう、あなたのことはきっぱりと思い切ってしまおうと決めましたが、そのことだけを人づてでなく、直接 あなたに伝える方法があればいいのですが。

朝ぼらけ
宇治の川霧かわぎり
えに

あらはれわたる
瀬々せぜ網代木あじろぎ

権中納言定頼ごんちゅうなごんさだより

ほのぼのと夜が明けるころ、宇治川に立ちこめた川霧が切れ切れに晴れてきて、瀬ごとに立っている網代木が次第にあらわれてくる景色は、何ともおもしろいものではないか。

うらみわび
ほさぬそでだに
あるものを

恋にくちなむ
名こそしけれ

相模さがみ

あなたの冷たさを恨み、流す涙でかわくひまさえもない袖でさえ口惜いのに、こ の恋のために、(つまらぬ噂で) わたしの名が落ちてしまうのは、なんとも口惜しいことです。

もろともに
あはれと思へ
山桜やまざくら

花よりほかに
知る人もなし

前大僧正行尊さきのだいそうじょうぎょうそん

私がおまえを愛しむように、おまえも私を愛しいと 思ってくれよ、山桜。 (こんな山奥では) おまえの他には私を知る人は誰もいないのだから。

春の
夢ばかりなる
手枕たまくら

かひなくたたむ
名こそしけれ

周防内侍すおうのないし

春の夜のはかない夢のように、(僅かばかりの時間でも) あなたの腕を枕にしたりして、それでつまらない噂が立つことにでもなれば、それがまことに残念なのです。

心にも
あらでうき世に
ながらへば

恋しかるべき
夜半よわの月かな

三条院さんじょういん

(もはやこの世に望みもないが) 心にもなく、このつらい浮世を生きながらえたなら、さぞかしこの宮中で見た夜の月が恋しく思い出されることであろうなぁ。

あらし吹く
むろの山の
もみぢばは

竜田たつたの川の
にしきなりけり

能因法師のういんほうし

嵐が吹き散らした三室の山の紅葉の葉が、龍田川 に一面に散っているが、まるで錦の織物のように美しいではないか。

さびしさに
宿をたちいでて
ながむれば

いづこもおなじ
秋の夕ぐれ

良暹法師りょうぜんほうし

寂しくて家を出てあたりを眺めてはみたが、この秋の夕暮れの寂しさはどこも同じであるものだ。