81番歌~90番歌
ほととぎす
鳴きつるかたを
ながむれば
ただありあけの
月ぞ残れる
後徳大寺左大臣
ごとくだいじのさだいじん
ほととぎすの鳴き声が聞こえたので、その方に目をやってみたが、(その姿はもう見えず) 空には有明の月が残っているばかりであった。
思ひわび
さてもいのちは
あるものを
憂
う
きにたへぬは
涙なりけり
道因法師
どういんほうし
つれない人のことを思い、これほど悩み苦しんでいても、命だけはどうにかあるものの、この辛さに耐えかねるのは (次から次へと流れる) 涙であることだ。
世の中よ
道こそなけれ
思ひ
入
い
る
山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる
皇太后宮大夫俊成
こうごうぐうだいぶしゅんぜい
世の中というものは逃れる道がないものだ。(この山奥に逃れてきたものの) この山奥でも、(辛いことがあったのか) 鹿が鳴いているではないか。
ながらへば
またこのごろや
しのばれむ
憂
う
しと
見
み
し
世
よ
ぞ
今は恋しき
藤原清輔朝臣
ふじわらのきよすけあそん
この先生きながらえるならば、今のつらいことなども懐かしく思い出されるのだろうか。昔は辛いと思っていたことが、今では懐かしく思い出されるのだから。
夜
よ
もすがら
もの思ふころは
明
あ
けやらで
閨
ねや
のひまさへ
つれなかりけり
俊恵法師
しゅんえほうし
(あなたに見捨てられた) わたしを哀れだと同情を向けてくれそうな人も、今はいように思えません。(このままあなたを恋しながら) 自分の身がむなしく消えていく日を、どうすることもできず、ただ待っているわたしなのです。
なげけとて
月やはものを
思はする
かこち顔なる
わが涙かな
西行法師
さいぎょうほうし
嘆き悲しめと月はわたしに物思いをさせるのだろうか。 いや、そうではあるまい。本当は恋の悩みの所為なのに、まるで月の仕業であるかのように流れるわたしの涙ではないか。
むらさめの
露
つゆ
のもまだひぬ
まきの葉に
霧
きり
たちのぼる
秋の夕ぐれ
寂蓮法師
じゃくれんほうし
あわただしく通り過ぎたにわか雨が残した露もまだ乾ききらないのに、槇の葉にはもう霧が立ちのぼっていく秋の夕暮れである。(なんとももの寂しいことではないか)
難波江
なにわえ
の
葦
あし
のかりねの
ひとよゆゑ
みをつくしてや
恋ひわたるべき
皇嘉吉門院別当
こうかもんいんのべっとう
難波の入江に生えている、芦を刈った根のひと節ほどの短いひと夜でしたが、わたしはこれからこの身をつくして、あなたに恋しなければならないのでしょうか。
玉の
緒
お
よ
絶
た
えなば
絶
た
えね
ながらへば
しのぶることの
弱りもぞする
式子内親王
しょくしないしんのう
わたしの命よ、絶えることなら早く絶えてほしい。このまま生きながらえていると、耐え忍んでいるわたしの心も弱くなってしまい、 秘めている思いが人に知られてしまうことになろうから。
見せばやな
雄島
おじま
のあまの
袖
そで
だにも
ぬれにぞぬれし
色はかはらず
殷富門院大輔
いんぷもんいんのたいふ
(涙で色が変わってしまった) わたしの袖をあなたにお見せしたいものです。あの雄島の漁夫の袖でさえ、毎日波しぶきに濡れていても、少しも変わらないものなのに。